先の大戦で沖縄並びに航空戦に散華された先輩、同僚、また運命を共にした航空機材の冥福を祈ります。 沖縄翼友会
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航空自衛隊の若きパイロットとの恒例親睦会を支えたスナックリッツ閉店

平成28年12月22日

航空自衛隊の若きパイロットとの恒例親睦会を支えたスナックリッツ閉店

航空自衛隊の若きパイロットとの恒例親睦会を支えたスナックリッツ閉店恒例親睦会を支えたスナックリッツのママと記念撮影

先月に続いて親睦会に参加しました(宮野)。20年にわたって航空自衛隊那覇基地の現役パイロット及びOBの方々との交流を支えてきたスナック・リッツが今年いっぱいで閉店するということを先月の親睦会で知り参加しました。

スナック・リッツは県外出身の航空自衛隊のパイロットたちにとって、沖縄の家庭の味に触れることのできる憩いの場所として長年親しまれて来たのはもとより、沖縄の伝統である那覇大綱引きへの参加など沖縄を直に触れれる機会にもなった大切な交流の場となってきました。

私が参加したのはここ1年程度ですが、長年の交流を物語る跡は此処かしこに残っています。

スナック・リッツの店内に飾られた航空自衛隊の戦闘機スナック・リッツの店内に飾られた航空自衛隊の戦闘機

店内は、パイロットたちから贈られた写真やサイン、また航空自衛隊の制帽も飾られています。

スナック・リッツの店内に飾られた航空自衛隊の制帽スナック・リッツの店内に飾られた航空自衛隊の制帽 航空自衛隊の制帽をかぶる沖縄翼友会事務局長の濱松さん航空自衛隊の制帽をかぶる沖縄翼友会事務局長の濱松さん

只、今回の閉店の理由が、リッツのママが歳だからとか(失礼。ママは写真で見ての通りとても若くきれいです。念のため)、体調がとか、ということではなく、孫たちともっとふれ合いたいということだそうです。ご安心を。

スナック・リッツの沖縄料理の数々スナック・リッツの沖縄料理の数々

恒例の手料理でゴーヤーチャンプルーから、てびちのおでん、刺身など、なかなか食べきれない量をママ一人で毎回作ってくれています。今回閉店ということで、店内に残っていた古酒(クース)も出ました。(泡盛。ウィキペディア

スナック・リッツのママとパイロットスナック・リッツのママとパイロット

上の写真は、何気に撮ったのですが、ママが隊員の相談に乗っているように見えましたが、長年このように沖縄の母として接してきたのだと思います。

スナップ写真スナップ写真

右上から、今回参加のパイロットたち。左上は沖縄翼友会会員、左から大嶺さんと金城さん。右下は我が友人で沖縄翼友会との出会いの功労者、島袋さん。(何か力説してる様子?)右下は今回初参加のパイロットと既参加の先輩パイロット。(氏名は敢えて非公表)

スナック・リッツのママに隊員から花束贈呈スナック・リッツのママに隊員から花束贈呈

親睦会を始める前に、スナック・リッツのママに隊員から花束贈呈がありました。(写真が暗くてすみません。フラッシュを焚くべきでした。自分の写真加工を過信した結果です。重ねてお詫びします。)

今回は、濱松事務局長から沖縄に普及していた旧紙幣とたばこのラベルのコレクション。(またまた写真が!酔っていたのでしょうか?)

旧紙幣のラベルのコレクション旧紙幣のラベルのコレクション

また、沖縄の物の呼び名を書いたコピーもあって、笑いを交えた問答がありました。因みにお椀をマカイ(まかい)というのだそうで、飯椀はミシマカイ(みしまかい)、汁椀はシルマカイ(しるまかい)など。マカイというのは賄い(マカナイ=マカイ)かなと想像しますが、はっきり分かりません。

沖縄方言が日本語の古語から来ていることは、沖縄の民俗学者、言語学者、沖縄学の父として知られる伊波普猷(いはふゆう)の「古琉球」や伊波普猷の後継者である日本の言語学者、沖縄学の研究者の外間守善の「沖縄の言語と歴史」にも書かれています。

それにしてもなかなか直ぐに理解できないのが沖縄の方言です。ママも翼友会会員の方々も「なんだっけ?」と考え込むこともしばしばでした。

私がおー!と思ったのは「沖縄の言語と歴史」を読んだとき、「うりずん(若夏)」うりずん=うりずむと推測をしていたことです。「沖縄では雨が降って土が潤うことをもウリーといっている。「うりずん」の「うり」はこれにあたる。宮崎県の延岡あたりの農村で、夜来の雨で農作物が生き生きしてきた時、「いいウリですが」「いいウリじゃが」と喜びの挨拶をかわすそうであるが、このウリも沖縄のウリーと同源である。(注:外間守善著「沖縄の言語と歴史」引用)」

ずん=ずむで、染む(そむ)・浸む(しむ)などで想像し易く、ずむ=ずん。む=ん、は沖縄方言では常套なので理解できます。なので「降雨が土に潤い浸むる」が原意になると、外間守善は書いてます。

因みにうりずんは旧暦の2月、3月の頃。4月から5月にかけての「若夏」の時期と区別されいてましたが、今は「うりずん若夏」と同義語のようになっていると書いていました。そうであれば「うりずん若夏は、新暦の3月から梅雨入り前までのことかと考えられます。長くなりました。

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宴もたけなわでしたが、時間も11時に差し掛かったので、ここで最後に恒例の「同期の桜」の合唱です。

最後に「同期の桜」の合唱①最後に「同期の桜」の合唱①最後に「同期の桜」の合唱②最後に「同期の桜」の合唱②

この日は、恒例の親睦会兼忘年会兼閉店に対してのお店とママへの感謝の集いとなりました。お疲れ様でした。皆さん良いお年を。

スナック・リッツの看板スナック・リッツの看板

お店もママも長い間お疲れ様でした。

空華之塔(くげのとう)について

太平洋戦争は沖縄を天王山として終結しました。例え悲しい敗戦に終わったとは申せ、地球の半ばを覆う広大な戦域を舞台として優秀な連合軍の空軍を対手に戦い抜いた我が航空勢の健闘は国民は申すに及ばず世界の人々の・・・>>>つづき空華之塔 Okinawa yoluyukai

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沖縄県平和祈念公園内に空華之塔はあります。那覇から平和記念公園は約22kmあります。沖縄本島の最南部糸満市摩文仁ありバス、タクシーもご利用できます。・・・>>>つづき案内地図 Okinawa yoluyukai

沖縄航空史

琉球王「尚 穆」(しょうぼく)の時代36年の頃、首里士族で花火師の安里周当(あさとしゅうとう)が凧(たこ)用の飛翔体で、南風原村(はえばるそん)字津嘉山(あざつかざん)部落の自宅および付近の山野で飛行したとの逸話伝説あり。・・・>>>つづき飛び安里 Photo:南風原町観光サイト

寄付について

戦後70年が過ぎ会員の高齢化と会員数の減少に伴い、維持管理の費用もそれぞれが持ち出しという状況になっています。先の大戦で勇敢に戦った英霊の功績を後生に残したい思いでなんとか維持しいるのが現状と申せましょう。航空関係者のみならず多くの日本の方々に心よりご支援の程御願い申し上げます。 Okinawa yoluyukai


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