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知覧特攻平和会館で野外展示の戦闘機「隼」改修終了…出撃当時の姿
(読売新聞 2016.6.4)

野外展示の戦闘機「隼」改修終了…出撃当時の姿 知覧特攻平和会館で野外展示の戦闘機「隼」改修終了…出撃当時の姿

鹿児島県南九州市の知覧特攻平和会館で屋外展示されている旧陸軍戦闘機「隼(はやぶさ)」(複製)の改修が、終了した。

実際に稼働していた頃をほうふつとさせるような仕上がりになっている。

展示中の機体は、2006年に制作された映画「俺は、君のためにこそ死ににいく」の撮影用に2機が製造された。全幅10・8メートル、全長8・9メートル、全高3・2メートルの原寸大で、細部にもこだわった本物そっくり。撮影後に当時の知覧町が引き取り、1機は会館内に展示している。

本来は屋外展示用ではないため、設置から9年を経て、日差しや風雨のため塗装がはがれ、サビや腐食などが目立っていた。今回、大型連休後に約300万円かけて改修し、5月末に完成した。

改修に当たり、部品のつなぎ目などの止水処理に重点を置き、屋外展示に対応できるようにした。また、当時の姿を忠実に再現するため、塗装のかすれや排ガスによる汚れなどにも気を使ったという。

「隼」は、旧陸軍の主力戦闘機として約5750機が製造された。166機が特攻機として使われ、うち120機が知覧基地から飛び立った。会館内は撮影禁止のため、来館者が屋外展示の機体を記念撮影することが多いという。

担当者は「会館の顔でもある機体の出撃当時の姿と、特攻隊員の手紙などを見て、命の大切さを考えてほしい」と話していた。(山本豊)

(読売新聞 2016.6.4より)

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