令和6年6月22日、第12回台湾出身戦没者慰霊顕彰祭(摩文仁)が執り行われました。
当日は沖縄の梅雨も明け快晴になり慰霊顕彰祭にふさわしい何よりの天候の中、台湾関係者や国会議員、県議会議員、市議会議員などおよそ70人が出席しました。
会員の参列者
根路銘 敦会長 代理 宮野
2024.06.22(宮野清治撮影)祭事の前に、先月5月3日に逝去された日本台湾平和基金会 故 愛知和男会長、他鬼籍に入られた台湾の関係者のご冥福を祈り黙祷
2024.06.22(宮野清治撮影)祭主大山禰宜の祭事
2024.06.22(宮野清治撮影)台湾の退役軍人の団体で理事長を務める朱家煌(しゅ・かほう)さんの挨拶
2024.06.22(宮野清治撮影)献花
2024.06.22(宮野清治撮影)献花
2024.06.22(宮野清治撮影)献花 沖縄翼友会会員でもある、大山那覇市会議員と宜保豊見城市議会議員
2024.06.22(宮野清治撮影)献花 沖縄翼友会会 会長代理 宮野
2024.06.22(大山那覇市会議員撮影)祭主大山禰宜の講話
2024.06.22(宮野清治撮影)日本台湾平和基金会 西田理事長挨拶
2024.06.22(宮野清治撮影)台北駐日経済文化代表処の蔡明耀(さい めいよう) ・駐日副代表
2024.06.22(宮野清治撮影)台湾人音楽家が暮春花(ぼしゅんか)、千の風になってを2曲バイオリンで演奏
2024.06.22(宮野清治撮影)記念撮影
2024.06.22(宮野清治撮影)台湾の退役軍人団体の皆様(空華之塔前)
2024.06.22(宮野清治撮影)無事滞りなく執り行われました。
お疲れさまでした。
太平洋戦争は沖縄を天王山として終結しました。例え悲しい敗戦に終わったとは申せ、地球の半ばを覆う広大な戦域を舞台として優秀な連合軍の空軍を対手に戦い抜いた我が航空勢の健闘は国民は申すに及ばず世界の人々の・・・>>>つづき Okinawa yoluyukai
沖縄県平和祈念公園内に空華之塔はあります。那覇から平和記念公園は約22kmあります。沖縄本島の最南部糸満市摩文仁ありバス、タクシーもご利用できます。・・・>>>つづき Okinawa yoluyukai
琉球王「尚 穆」(しょうぼく)の時代36年の頃、首里士族で花火師の安里周当(あさとしゅうとう)が凧(たこ)用の飛翔体で、南風原村(はえばるそん)字津嘉山(あざつかざん)部落の自宅および付近の山野で飛行したとの逸話伝説あり。・・・>>>つづきPhoto:南風原町観光サイト
Okinawa yoluyukai
戦後70年が過ぎ会員の高齢化と会員数の減少に伴い、維持管理の費用もそれぞれが持ち出しという状況になっています。先の大戦で勇敢に戦った英霊の功績を後生に残したい思いでなんとか維持しいるのが現状と申せましょう。航空関係者のみならず多くの日本の方々に心よりご支援の程御願い申し上げます。 Okinawa yoluyukai